アメリカでPIP(業績改善計画)を渡されたら解雇のサイン?|日本人が知らないアメリカの常識
2026年9月10日

この記事の要点
- アメリカの会社では、PIP(業績改善計画)と呼ばれる書面を渡されることがあります。
- 民間企業には、解雇の前に改善の機会を与えることを一般に義務づける連邦法がありません。
- 義務がなくても会社が書面を残す理由の一つは、差別や報復による解雇は違法で、業績の問題をどう記録していたかが問われるためです。
アメリカの会社では、上司が「改善を支援したい」という趣旨で面談を切り出すことがあります。そこで渡されることがあるのが、PIP(ピップ)と呼ばれる書面です。正式には業績改善計画(Performance Improvement Plan)といいます。
支援を掲げた面談で渡される書面が、結果として退職や解雇の前の段階になることがあります。しかもアメリカの民間企業には、連邦法上、解雇の前にこうした改善の機会を与える一般的な義務がありません。義務がないのに、会社がわざわざ書面と期間を用意するのはなぜでしょうか。
日本人が知らないアメリカの常識を、日本との違いから解説するシリーズです。アメリカの解雇の仕組みそのものは即日解雇の記事 と解雇された翌日に何が起きるのか で取り上げました。今回は、その手前に置かれることがあるPIPについて見ていきます。
この記事では、次の3つを順に見ていきます。
- PIP(業績改善計画)には何が書かれているのか
- 法律の義務がなくても、会社が書面を残す理由の一つ
- PIPは「解雇のサイン」なのか
PIP(業績改善計画)には何が書かれているのか
民間企業のPIPは会社ごとに作られるため、共通の様式はありません。中身が公開されているのは連邦政府のもので、ここではそれを例に見ます。
米人事管理局(OPM)は、連邦政府の人事制度を所管する機関です。管理職向けの手引きを公開しており、そこではPIPを、十分に良好とされる水準に業績が届かない職員の改善を助けるための正式な手続きだと説明しています。是正のための道具であると同時に、育成のための道具でもあるとしています。
期間は通常、営業日で30日です。期間中は、上司が業績を近くで見守り、定期的に指導することとされています。提供した支援とやりとりは、すべて記録するものとされています。
この手引きがPIPに書くこととしている主な項目は、次のとおりです。
| PIPに書く主な項目(米人事管理局の手引き) | 中身 |
|---|---|
| 不十分な業績の説明と具体例 | どの仕事の、何が、どのように足りなかったか |
| 期間 | 通常は営業日で30日 |
| 期待水準と合格の基準 | 何を達成すれば基準を満たしたことになるか |
| 提供する支援 | 訓練、フィードバックなど |
| 改善しなかった場合 | その後に何が起きるかの説明 |
■ 法令が改善の機会を求めることがあるのは連邦職員。民間企業に義務づける連邦法はない
ここまで見たPIPの中身は、連邦政府の資料に基づくものです。連邦職員については、法令が改善の機会と支援を求める場合があります。ただし求められているのは機会と支援であって、PIPという書面そのものではありません。
一方、民間企業には、解雇の前に改善の機会を与えることを一般に義務づける連邦法がありません。多くの州では、雇用は「随意雇用(at-will employment)」が原則です。会社も本人も、法律や契約に反しない限り、理由を示さずにいつでも雇用を終わらせることができます。この仕組みはアメリカの解雇制度を解説した記事 で取り上げました。
米労働省も、差別や内部告発などにあたらない解雇について、従うべきものは、雇用契約か、労働組合と会社が結ぶ取り決め(労働協約)だけだと説明しています。そこに定めがなく、州法にもなければ、PIPは会社の判断で用意する社内の手続きということになります。
連邦職員と民間企業の違いを整理すると、次のとおりです。
| 改善の機会を与える義務 | PIPという書面 | |
|---|---|---|
| 連邦政府の職員 | 法令が求める場合がある | 法令が求めているわけではない(機会と支援があればよい) |
| 民間企業(多くの州) | 連邦法に一般的な定めはない | 州法・契約・労働協約などに別の定めがなければ、会社が用意する社内の手続き |
法律の義務がなくても、会社が書面を残す理由の一つ
随意雇用が原則でも、差別や報復を理由とする解雇は違法です。雇用差別を取り締まる連邦機関の米雇用機会均等委員会(EEOC)は、懲戒や解雇を判断するときに、人種、性別、出身国、年齢(40歳以上)、障害などを考慮してはならないとしています。差別について苦情を申し出たことを理由に報復することも違法です。
EEOCが民間の職場と州・地方政府について受け付けた雇用差別の申立ては、2025会計年度で88,201件でした。そのうち報復を理由に含むものは54,350件で、事由別ではもっとも多くなっています。
申立て件数の推移は、次のとおりです。
| 会計年度 | 申立ての総数 | うち報復を理由に含むもの |
|---|---|---|
| 2021年度 | 61,331件 | 34,332件 |
| 2022年度 | 73,485件 | 37,898件 |
| 2023年度 | 81,055件 | 46,047件 |
| 2024年度 | 88,531件 | 42,301件 |
| 2025年度 | 88,201件 | 54,350件 |
(この件数に連邦職員の申立ては含みません。連邦職員は、まず勤務先の連邦機関のEEO窓口を通じる別の手続きだからです。またPIPや解雇に限った件数でもありません。1件の申立てに複数の理由が含まれるため、理由別の合計は総数を超えます。)
社員がEEOCに「報復された」と申し立てると、会社は「理由は業績だ」と説明することがあります。同委員会は報復についての指針で、その説明の裏づけになるものとして、記録や証言、ほかの社員への対応との比較を挙げています。会社が、苦情を申し出ていない同じような立場の社員にも同じ対応をしていたなら、それは苦情を申し出た人を狙ったのではないことを示す材料になります。
逆に、会社の説明が後から変わると、申立ての調査や裁判で、示された理由は口実で本当の理由は別にあるのではないか、と疑われます。解雇の面談で本人に伝えた理由と、その後に会社がEEOCへ提出した文書に書いた理由が食い違う場合が、例として挙がっています。苦情を申し出る前は高い評価だった社員が、新しい問題も示されないまま評価を落とされた場合も同じです。
だからこそ、業績の問題をいつ、どのように記録していたかが問われます。基準、期限、支援、結果を書面に残すPIPは、その記録の一つになり得ます。
PIPは「解雇のサイン」なのか
PIPを渡されたからといって、解雇が決まったわけではありません。米人事管理局の手引きでは、基準を満たせばPIPを終えて通常の業績評価に戻ることになっています。改善が中途半端な場合は期間が延びることもあります。業績が不十分なままなら、配置換えや降格、免職の提案に進み得ます。
民間企業では会社ごとに運用が異なるため、PIPを渡されたというだけで「解雇のサイン」と一律に判断することはできません。
アメリカで転職が珍しくない背景については、転職の回で解説しています。
なお、PIPを渡された人がその後どうなったかの割合は、今回確認した公的資料の範囲では見つかりませんでした。そのため、この記事では割合を示していません。
■ 日本では、改善の機会を与えたかどうかが裁判で問われる
日本では、解雇に客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要です(労働契約法第16条)。この点は即日解雇の記事 で取り上げました。
アメリカとの違いが出るのは、改善の機会の扱いです。厚生労働省のモデル就業規則は、解雇事由の一つを「勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき」と書いています。向上の見込みと配置転換が、ひな形の条文そのものに条件として入っています。
厚生労働省が紹介している裁判例にも、能力不足を理由とする解雇について、体系的な教育と指導によって能率の向上を図る余地があったとして、解雇を無効としたものがあります(セガ・エンタープライゼス事件、1999年10月15日 東京地裁決定)。
日米の違いを整理すると、次のとおりです。
| アメリカ(民間企業・多くの州) | 日本 | |
|---|---|---|
| 改善の機会の位置づけ | 連邦法の義務ではない。州法・契約などに別の定めがなければ会社が用意する社内の手続き | 日本にもPIPにあたる法定の手続きはない。ただし解雇が裁判で争われたときに、改善の機会を与えたかどうかが判断材料になる(裁判例) |
| 解雇の可否 | 法律上禁止された理由や契約上の制約などがなければ、随意雇用が原則 | 客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められなければ無効 |
なお、本記事の内容は2026年9月時点のものです。連邦政府のPIPの運用や日本の解雇に関するルールは、法改正や運用の見直しで変わります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、法的助言を提供するものではありません。個別の事案については、適切な資格を有する専門家にご相談ください。
情報源
USAGov(米連邦政府の公式ポータル) – Termination guidance for employers(随意雇用と適用されない場合・2025年3月24日更新)
米雇用機会均等委員会(EEOC) – Prohibited Employment Policies/Practices
米雇用機会均等委員会(EEOC) – Enforcement Guidance on Retaliation and Related Issues
米雇用機会均等委員会(EEOC) – Enforcement and Litigation Statistics(Table E1a・申立て件数)
米人事管理局(OPM) – Performance Improvement Plan: A Supervisor’s Quick Guide
連邦規則集5編432.104条 – Addressing unacceptable performance
厚生労働省 – モデル就業規則(令和7年12月版・第53条 解雇)
セガ・エンタープライゼス事件(東京地裁1999年10月15日決定)の内容 – 厚生労働省 確かめよう労働条件の裁判例紹介
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