思いやりがあるんだか、ないんだか…

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40年以上の歳月を日本で過ごした私は、子供の頃から「食べ物の好き嫌いを言ってはいけない。出されたものは残さず頂くように」と躾けられて育ってきた。小学校の給食の時間には全部残さず食べ終えてからでないと、お昼休みに外に遊びに行かせてもらえなかった記憶もある(THE 昭和世代)。お蔭で今でも本当は苦手な食べ物でもとりあえず食べることはできる。(しかもさも美味しそうに)

8年前にアメリカにやってきてから現地の友人たちと交流するうちに、食べ物の好き嫌いに関する文化の違いを幾度となく経験した。一般的にアメリカ人は食べ物の好き嫌いを比較的はっきりと伝えることが多い。たとえ友人がわざわざ自分のために持ってきてくれた食べ物や飲み物であっても、自分が嫌いな場合や苦手な場合はその旨を直接伝える。嫌いな食べ物ではなくても、何らかのダイエット中だったり、カフェイン抜きを心がけているような場合も同様に「今はこれは食べられない」と率直に伝える場面に何度も遭遇した。

もし日本で同じようなことをしたら、相手の気持ちを考えない失礼な人間と認定されるのだろうが、自己主張が大切なアメリカでは好き嫌いをはっきり伝えることはさほど失礼なこととは思われないようだ。確かに自分が食べないものは食べないと伝えたほうが、今後同じことが起きないのだから合理的だ。

とはいえ、他人との調和を重んじる日本人としては、なかなかはっきり伝えられない人の方が断然多いと思う。特に普段お世話になっている方やご近所さんから苦手な食べ物をいただいた時にはっきりと断れる人が一体どれだけいるだろうか?「わー、嬉しい!ありがとうございます!」とそつなくお礼の気持ちを伝える人が大多数であろう。それどころか「これ、大好物なんです!」ぐらいのリップサービスまでしてしまう人もいるかもしれない。

以前こちらに駐在していた日本人の奥様がご近所のアメリカ人から「ルートビール(root beer: 日本人の感覚的には痒み止めの薬”ムヒ”の味がする)は好きか?」と聞かれ、本当は全然好きじゃないけれど”YES!”と答えたら、その後もルートビールをしょっちゅうくれるようになり、とても困っていると言っていた。その気持ち、よくわかるとうなずく日本人は多いことだろう。

アメリカ人の場合は、はっきり伝えることが相手に対する思いやり(?)で、日本人の場合ははっきり伝えないことが相手に対する思いやり。まさに文化の違いであり、どちらが正しいとは一概に言えない。大切なのはお互いの文化を知り、それを尊重することなのだろう。

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