2軒目の家探し開始

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いったん引っ越すと決めたら、出来るだけ早く次の家を見つけるべくアメリカで2度目の家探し(House Hunting)を開始した。当時、娘は高校1年生(9th grader)、息子は小学5年生(5th grader)であったため、通学する学校は絶対に変えたくないという希望があった。となると同じ学区内にある家というのは自ずと限られる。

ZillowCraigslistを毎日チェックしながら、良さそうな物件を夫と共に10数軒見て回った。学区の他に譲れないポイントの1つに「蟻が家の中に出ないこと」というのがあったのは言うまでもない。探している中で1軒ここでもいいかなと思った家があったが、キッチンシンクの近くに”TERRO"(→前の家で数えきれないほど使ったアリ駆除の薬)が置いてあるのを見て、この家は危険と即断した。何事も経験ですね。

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何度もお世話になったが、もう二度とお世話になりたくないTERRO

そして2軒目の引越し先に決まったのが、1軒目の家から車で数分離れた場所にあるコンドミニアム(日本の分譲マンションのような住宅)。1軒目の家のように広い庭はないが、敷地内に住民の共用施設としてジムやプールがあったこと、一家でジョギング&ウォーキングコースに利用していたラグーン沿いの遊歩道が建物のすぐ裏手にあったこと、家もそれなりの広さがあり、設備も良かったことから決めた。

結局この家には約3年半住んだ。当時の家賃は1年目が4,950ドル/月、2年目にまたもや大家から月額550ドル値上げすると言われたが、交渉の結果300ドル/月の値上げに落ち着き5,250ドル/月。3、4年目は据え置きで5,250ドル/月。毎年リース契約更新の時期になると胃が痛い。

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2軒目の家。ラグーンの眺めが良かった
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プールは最初のうちだけ熱心に利用したが、次第にあることさえ忘れてる状態となった

前の家から徒歩圏内で近いものの、引っ越すことに変わりはないので、ご近所さんや友人達を招いて”Goodbye XXXXXX(1軒目の家のストリート名)Party”を開き、2年間過ごした家に別れを告げた。このパーティーに来てくれた友人の中には残念ながらコロナ禍に病気で亡くなってしまった方もいる。好きな人に会いたいと思ったら先延ばしにせず、会える時に会っておくことの大切さを感じる。

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さよならパーティー招待状
BYOBはBring Your Own Bottle:「自分の飲み物は自分で持って来てね」の意味
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たくさんの友人達が来てくれた
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こんなふうに顔を寄せ合って写真を撮ることに何の違和感もなかった日々を懐かしく思う
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男の子達は元気に庭で遊びます
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飲み物&スナックはセルフ方式で

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