Snowflake
Oracle 出身者が設計し、
バフェットが買った会社
2020 年 8 月、Snowflake は S-1 を提出した。FY2020(2020 年 1 月末まで)の売上は $264.7M(約 278 億円)、前年比 +174%。1 年で 2.7 倍に伸びている。
ところが ── 数字で最も目を引くのは別の指標だ。Net Revenue Retention Rate(NRR)158%。既存顧客の支出が、直近の計測で +58% 拡大している。新規顧客がゼロでも、既存の拡大だけで伸びる構造だ(ただし S-1 はこの率が今後低下すると見込む)。
そして IPO で、バークシャー・ハサウェイ(ウォーレン・バフェット)が 2.5 億ドル(約 263 億円)分を購入することが公表された(S-1/A による)。テクノロジー IPO に投資しないことで知られた投資家が、Snowflake に賭けた。
S-1 にあるのは、「Oracle 出身者が設計し、シリアル IPO CEO が仕上げ、バフェットが買った会社」の姿だ。
10 の問いで、事実だけを並べていく。
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問 1
そもそも、何の会社?
一次ソース/S-1 から読み解く
Prospectus Summary(p.1〜) と Business(p.89〜) から読み解く
「クラウド上にデータを集め、分析し、共有するプラットフォーム」を提供する会社だ。
S-1 は自社をこう定義する。
噛み砕くとこうだ。企業にはデータがある ── 売上、顧客、ログ、IoT。これらは AWS、Azure、GCP(3 大クラウド)の中にバラバラに散らばっている。Snowflake は その全部を一箇所に集めて、SQL で自由に分析できる
場所を提供する。
比喩で言えば: Excel で管理しきれなくなったデータを、全社員がクラウド上で同時に分析できる、巨大な共有スプレッドシート。ただし速度は桁違い。何十億行のデータも数秒で集計できる。
Snowflake の独自性は マルチクラウドであること。AWS でも Azure でも GCP でも動く。特定のクラウドベンダーに依存しない。
クラウドの壁を超えて、企業のデータを「ひとつの場所」にする。
問 2
何で勝負している?
一次ソース/S-1 から読み解く
Business(Competitive Strengths、p.91〜) から読み解く
Snowflake の戦い方には、4 つの特徴がある。
ストレージと計算の分離
従来型のデータウェアハウスは、ストレージと計算能力が
セットだった。データを増やすと計算能力もセットで買わされる。逆も同じ。
Snowflake は ストレージと計算(コンピュート)を完全に分離した。データを増やしても計算は増やさなくていい。分析クエリが増えても
ストレージ料金は変わらない。使った分だけ払う設計だ。
マルチクラウド対応
2020 年のクラウド市場は AWS / Azure / GCP の三つ巴。多くの企業が複数を使い分けている。Snowflake は 3 大クラウドすべてで同一体験を提供する。データを動かさずに、異なるクラウドの計算リソースを使える。
Data Sharing(企業間データ共有)
Snowflake 上の顧客同士が、データをコピーせずに共有できる。「Data Cloud」のビジョンは、単なるデータベースではなく データのネットワークになることだ。
従量課金(consumption-based)
SaaS の多くは月額固定。Snowflake は 「使った分だけ」の従量課金。クエリを実行した計算量に応じて課金される。
これが、後に出てくる NRR 158% を生む構造だ。顧客は Snowflake を使い始めると、データソースが増える → 分析が増える → 自然に支出が膨らむ。
ストレージ/計算分離、マルチクラウド、データ共有、従量課金 ── 4 本柱だ。
問 3
市場は、どれだけ大きい?
一次ソース/S-1 から読み解く
Business(Market Opportunity、p.90〜) から読み解く
市場の数字は、シンプルだ。
つまり、810 億ドルの市場で、Snowflake はまだ 1% も取れていない。
S-1 は強調する ── 企業のデータ量は 指数関数的に増加している。IoT、モバイル、ストリーミング、ソーシャルメディア ── あらゆるソースからデータが流れ込み、分析ニーズは拡大し続ける。
市場の入り口にしか立っていない。
問 4
誰が使っている?
一次ソース/S-1 から読み解く
Business(Customers、p.97〜) と Prospectus Summary から読み解く
顧客指標は、こうだ(2020 年 7 月末時点)。
3,117 社が使い始め、そのうち大口が急増し、既存顧客の支出が直近で +58% 拡大している。注目すべき数字は 2 つある。
大口顧客の急成長
$1M 以上を支出する顧客が、1 年で 22 社 → 56 社(2.5 倍)に増えた。大企業の採用が加速している。
NRR 158% の意味
既存顧客の支出が、直近の計測期間で +58% 拡大した。NRR 158% は、拡大が解約を圧倒的に上回っていることを意味する(S-1 はこの率が時間とともに低下すると見込む)。
業界横断で顧客が並ぶ ── Capital One(金融)、Adobe(テック)、
Office Depot(小売)、Sony(メディア)、Instacart(フード)、
DoorDash(フード)。金融・テック・小売・メディアと幅広い。
新規がゼロでも、既存の拡大だけで伸びる構造だ。
問 5
どうやって稼いでいる?
一次ソース/S-1 から読み解く
MD&A(p.60〜) と Business(p.89〜) から読み解く
Snowflake の稼ぎ方は、従量課金一本だ。
顧客は Snowflake Credits を事前購入(または後払い)し、クエリを実行するたびにクレジットが消費される。
収益の 大部分は Compute(計算量)。データを保存するだけでも課金されるが、分析クエリの実行が主な売上ドライバーだ。
顧客が前払いでクレジットを買っても、使用された時点で売上に計上する。このため、未消化の契約額 RPO(Remaining Performance Obligations)が重要指標になる。S-1 時点で RPO は約 $688M(約 722 億円)。
従量課金なので、顧客は Snowflake の利用を拡大するほど支出が増える。データソースを追加する、分析ユーザーを増やす、リアルタイム分析を導入する ── どれも Compute 消費を押し上げる。「使い方が増える」が直接「売上増」になる構造。これが NRR 158% を物理的に作っている。
「使い方が増える」が直接「売上増」になる構造が、NRR 158% を物理的に作る。
問 6
数字は健全か?
一次ソース/S-1 から読み解く
Selected Financial Data と MD&A(p.60〜) から読み解く
Snowflake の会計年度は 1 月末締め。注目すべきは 2 点ある。
財務の事実を、整理してみる。
違和感: 営業損失が売上を上回る
FY2020 は売上 $265M に対し営業損失 $358M。売上より多くの金を使っている会社だ(純損失は $349M)。
理由は Sales & Marketing(営業・マーケ費)と R&D。
FY2020 通期で、両者の合計は売上の 150% を超える(150.6%)。
救い: 粗利率(上期 60% 超)+ RPO $688M
ただし、2 つが際立つ ── 粗利率は 56〜62%(FY2020 56%、上期 62%)。売上そのものの収益性は高い(変動費は低い)。RPO $688M(約 722 億円)。今後使われる確定済みの売上が 700 億円近く存在する。
つまり、「粗利率 約 60% は黒字化可能なレベル、販管費の配分次第」だ。
「急成長」と「巨大な赤字」を同時に持つが、構造的には黒字化できる会社だ。
問 7
誰が動かしている?
一次ソース/S-1 から読み解く
Management(p.132〜) と Business から読み解く
Snowflake には 2 つのチームがいる。技術を作ったチームと、それを売る機械にしたチーム。
創業チーム(技術の設計者)
Co-Founder, President of Products の Benoit Dageville は、Oracle に約 10 年在籍し(2002-2012、Manageability グループのアーキテクト)、データベースの中核技術に精通する。CTO の Thierry Cruanes とともに、創業時の技術設計を担った。
Dageville は世界最大のデータベース企業の中核を知り尽くした上で、「Oracle が壊せなかったもの(ストレージと計算の結合)」を Snowflake で壊した。
CEO(成長を加速するプロ)
Chairman & CEO(2019 年 4 月就任)の Frank Slootman は、前職 ServiceNow CEO(2011-2017、IPO 主導)/その前 Data Domain CEO(2009 年に EMC が買収)。業界での通称は「シリアル IPO CEO」。IPO を成功させるために招かれる経営者だ。
Slootman 招聘の意味は明確だ ── 「技術はできた。あとは IPO に向けて成長機械を回す」。Slootman が来た 2019 年 4 月から S-1 提出まで約 16 ヶ月だ。
S-1 の経歴欄は、その ServiceNow 時代をこう記す。
Oracle の頭脳が設計し、IPO のプロが仕上げる ── これが Snowflake の経営構造だ。
問 8
誰が握っている?
一次ソース/S-1 から読み解く
Principal Stockholders(p.153〜) と Description of Capital Stock から読み解く
Snowflake の株式構造は デュアルクラスだ。
株式は 2 種類ある。IPO で売り出される Class A は 1 株 = 1 票。一方、上場前からの既存株主が持つ Class B は 1 株 = 10 票で、いつでも Class A に転換できる。S-1 はこの dual class structure を、議決権が既存株主に集中するリスクとして自ら挙げている。
違和感: 議決権を握るのは創業者ではなく VC
デュアルクラスというと、普通は創業者支配を思い浮かべる。だが Snowflake は違う。創業者 Dageville と Cruanes の個人持分は小さく、
10 票株(Class B)の大半を握るのは VC だ。
筆頭は Sutter Hill Ventures(20.3%)── Snowflake をほぼ共同創業に近い形で立ち上げた VC である。S-1/A によれば、Class B 全体で議決権の 98.5%、役員・取締役・主要株主だけで 70.2% を占める。
IPO の特別参加者: バフェットとセールスフォース
S-1/A によれば、バークシャー・ハサウェイと Salesforce Ventures が、
IPO と同時に行う私募(concurrent private placement)で、
それぞれ Class A を 2.5 億ドル(約 263 億円)ずつ購入する。
価格は IPO 価格と同じだ。
テック IPO に投資しないことで知られたバフェットの会社が参加した事実そのものが、Snowflake の評価を 1 段階押し上げた。
デュアルクラスで議決権の 98.5% を握るのは創業者ではなく VC ── これが Snowflake の統治構造だ。
問 9
何を恐れている?
一次ソース/S-1 から読み解く
Risk Factors(p.14〜) から読み解く
Snowflake が自分で書いている「いちばん心配なこと」を 5 つに整理する。
地主が同じ商売を始める
S-1 で最も印象的なリスクは、これだ。
つまり、Snowflake が走っている地面の持ち主(AWS / Azure / GCP)が、各自のデータウェアハウス製品で直接競合している。地主がテナントのビジネスをコピーする構図だ。
赤字の継続
「我々には営業損失の歴史があり、将来、利益を達成または維持できない可能性がある」
(We have a history of operating losses and may not achieve
or sustain profitability in the future.)
「我々は、コストと費用が今後も増加すると見込んでいる」
(We expect our costs and expenses to increase in future periods.)
FY2020 の営業損失は売上を超える $358M。黒字化がいつになるかは不明だと自社で書いている。
従量課金の不確実性
「顧客は消費のタイミングに柔軟性を持つため、我々には、典型的な
サブスクリプション型ソフトウェア企業が持つような、収益認識の
タイミングに対する可視性がない。顧客が我々の想定より遅いペースで
プラットフォームを消費するリスクがある」
(Because our customers have flexibility in the timing of their consumption…
There is a risk that customers will consume our platform
more slowly than we expect.)
売上の大半は、事前に一定の消費額を約束する「キャパシティ契約」から生まれる。ただし、売上として計上されるのは顧客が実際に使った分だけで、使うペースは顧客次第。想定より消費が遅れれば、売上の計上もそのぶん遅れる。
セキュリティ・データ漏洩
セキュリティ侵害が発生すれば、顧客データの喪失や評判の毀損に
つながりうる。顧客の最も機密性の高いデータを預かる立場だ。
一度の漏洩が致命的な信頼毀損を招く。
経営陣への依存(新任の Slootman ら)
S-1 は、最近加わった経営幹部(2019 年 4 月就任の Slootman、8 月就任の CFO Scarpelli ら)への依存をリスクに挙げる。
「当社の成功は、これら経営幹部の継続的な在職に大きく依存する」
(Our success depends largely upon the continued services of these and other executive officers.)
Slootman らが離脱すれば、成長を支えるオペレーション力が失われる。
地主の競合、赤字継続、消費ペースを握る顧客、データ漏洩、経営陣依存 ── 5 つの恐れ。
問 10
集めた金は、何になる?
一次ソース/S-1 から読み解く
Use of Proceeds(p.54〜) と Cover から読み解く
※ 本記事は S-1 に書かれた事実のみに基づく。実際の IPO 価格、上場日、上場後の株価動向、需給は S-1 には書かれておらず、本記事の対象外。
IPO 計画はこうだ。
既に確定している投資者
S-1/A の時点で 2 つの大口投資が確定している。バークシャー・ハサウェイと
Salesforce Ventures が、IPO と同時の私募で、
それぞれ 2.5 億ドル(約 263 億円)ずつ Class A を購入する。
バフェットがテック IPO に参加するのは極めて異例だ。S-1/A にこの参加が明示されていること自体が、Snowflake の評価を市場に伝えるメッセージになる。
使途
使途は、「general corporate purposes(一般事業目的)」と「working capital, operating expenses, capital expenditures」。
特定のプロジェクト(マルチクラウド対応の n 億円、海外展開の m 億円、というような割り当て)は明示されていない。
「集めて、使い道は会社が決める」という体だ。
中継ぎではなく、規模拡大の IPO
Snowflake は 既に粗利率 60% 超で、RPO $688M の未消化売上を抱えている。資金繰りに困っての IPO ではない。
IPO の意味は 「Slootman の成長機械をフル稼働させる資本市場アクセス」と、「バフェット参加というバリデーション」だ。
IPO は資金繰りではなく、成長機械の資本アクセスと
バフェット参加のバリデーションだ。
おわりに
10 の問いの先に
Snowflake が売っているのは「クラウドのデータウェアハウス」だけではない。FY2020 売上 $264.7M(前年比 +174%)、3,117 社の顧客、Fortune 500 のうち 146 社、Net Revenue Retention 158%(直近 6 ヶ月の実績、S-1 は今後の低下を見込む)── 既存顧客の支出拡大が、従量課金で物理的に積み上がる成長カーブを持つ会社だ。
だが、その地面は AWS、Azure、GCP(3 大クラウド)が所有しており、それぞれが自社のデータウェアハウス製品で直接競合している。FY2020 の営業損失は売上を超える $358M(純損失 $349M)。Sales & Marketing と R&D で売上の 150% 超を使っている。粗利率は上期で 60% 超、RPO $688M が「黒字化可能」を支えるが、いつ達成できるかは自社も明言しない。
Oracle 出身の Dageville(約 10 年)を中心に設計し、ServiceNow と
Data Domain で 2 度 IPO を仕上げた Frank Slootman が CEO として
約 16 ヶ月で S-1 提出に持ち込んだ。そしてバークシャー・ハサウェイが
テック IPO に 2.5 億ドル参加することが S-1/A に明記される ──
これが Snowflake が市場に提示する自己評価だ。
LIGHT
光
・FY2020 売上 $264.7M(+174%)、
NRR 158%(直近実績、今後は低下見込み)、
3,117 社、$1M+ 大口 56 社、
Fortune 500 のうち 146 社。・粗利率は上期で 60% 超(FY2020 56%)、RPO $688M。・バークシャー・ハサウェイと
Salesforce が IPO で
各 2.5 億ドル参加(S-1/A による)。・Oracle 出身の Dageville が
設計を主導、シリアル IPO CEO
Slootman が仕上げ。
SHADOW
影
・営業損失は売上を超える $358M、
Sales & Marketing + R&D で売上の 150% 超。・地主 AWS/Azure/GCP が
自社のデータウェアハウス製品で
直接競合。・従量課金なので売上の計上は
顧客の消費ペース次第 ──
想定より遅れれば売上も遅れる。・新任 Slootman ら経営陣への依存を
自社で開示。・VC が大半を保有、創業者は最大株主ではない。
S-1 は 「Data Cloud で企業のデータを解放する」と書く。市場は 「クラウドの次の覇者」と期待する。両者の交点で、Snowflake は 株を売る。Oracle が壊せなかった構造を、Oracle 出身者がクラウドで壊した瞬間だ。
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出典:すべての事実は Snowflake Inc. の S-1(accession 0001628280-20-013010、2020-08-24 提出)から抽出。円換算は 1 ドル = 約 105 円(draft_date 2026-05-06 時点)の概算。